責任主体と自己責任を理解して実践すれば道は開かれる

流れに任せて生きていませんか?

自分が望んでいることなどが、トントン拍子に進むのは「お導き」を頂いている状態かもしれませんので、そんな時は流れに任せて生きるのも悪くありません。

しかし、そうではない場合は、注意が必要です…

例えば、「目的もなくただ日々を過ごしている場合」「自分で意思決定せず、誰かが自分の人生を舵取りしている場合」

このようなケースでは、道を開くことはできません。厳しいことを申し上げますが、人生そんな甘くありません。

責任主体と自己責任を理解する

かつて、不幸の最中にいた私は、目的を持たずに生きておりました。

ただ漠然とお金が欲しい…
休まずに仕事をしていれば、そのうち芽がでるだろう…
特に夢も希望もない…
そのうちいい事あるだろう…

今まさに、目的を持たず、ただ漠然と生きている方もおられるかもしれません。

目的が無いということは、向かうべき方向性すら決まっていないことになります。向かうべき方向性なくしてどこに向かうのでしょう?

ただただ、彷徨っているだけでは堂々巡りをしているのと同じです。

人生には、きちんとした目的を持ち、覚悟を持ち、自らの意志でしっかりと舵取りをしていかなければなりません。それをしないと、大波にのまれ沈没してしまいます。

私は、自らの意志で生きることをせず「人の言うことを聞いていれば間違いない、人に合わせていれば大丈夫」と考え生きておりました。

このような間違った考えは、良くも悪くも人の影響を受けやすくなります。

私の場合は悪い影響を受け、たちまち転落人生を送ることになり、自分の意思で生きること、ちゃんとした意志を持ち生きることの大切さを学ばされました。

目的を持たず人に流される人生を送っていた頃は、耳が痛くなるような言葉も、今ではその意味の大切さがわかるようになりました。

あなたは、この言葉を聞いてどう思いますか?

「人生は、自己責任と責任主体」

当時の私がこの言葉を聞けば、寂しく思ったり、不安に思ったり、自分が悪いだけじゃなく人の影響もあると人のせいにしたり、この言葉が人生を切り開くために必要な事だとは思えませんでした。

もしも、かつての私と同じように、この言葉を受け入れたくないと思っている方がおられたら、その思考を持ち続けていては幸せはやって来ないかもしれません。

自分の人生は自分で切り開く、何が起きても身から出た錆。人が悪いと思ったことでも、元を辿れば自分にも必ず原因があります。「人生は自己責任と責任主体」の意味を理解して実行することで道は開かれます。

逆を言えば、このことがわからない限りは、不平不満ばかりの毎日を送らなければなりません。

ネガティヴ思考全開でいると、負のループにハマってしまいます。

責任主体の意味を理解する

「責任主体」の意味を理解し実行すると「自分の人生は自分で決める。自分次第で変えられるんだ!」ということがわかるようになるので、沢山のプラス思考が芽生えてきます。

自分の人生が、自分で決められることをわからずに過ごしている人や、尻込みしてわからないままの人は沢山おられると思います。

無謀な挑戦でなければ目標を持ち、そこに向かって努力をすることで、叶うことはたくさんあります。

目標を持たずに、ただ漠然と生きている時間は本当にもったいないことで、命は永遠ではありません。

人生は責任主体であり、誰の束縛を受けず、自分自身で創造していくことができます。

それが、責任主体と自己責任で生きることです。

人生は、自己責任と責任主体と考え生きている人は、人のせいにして生きている人よりも逞しく生きることがでます。

例えば、やりたいことができなくなった時でも「また別のやりたいことを見つけるからいいんだ」と思えるものです。

これが、人のせいにしていると「誰々のせいで…、あいつさえいなければ…」と誰かを恨み、頭の切り替えすらできなくなります。

何事も自己責任と思う人は、人のせいにするよりも、前を向いて歩いていくものです。

そういう人は、何かアクシデントが起こっても立て直す力がありますし、どこからでもやり直すことができます。

「人生は自己責任と責任主体」と考えている人は、幸せを手にすることができます。

自分の思考を振り返り、正すべきところがあると感じた方は、思考を見直されるきっかけとなれば幸いです。

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