霊能者の嘘を見抜く4つのポイント・依存すると不幸になる訳とは?

霊能者とは、霊的存在や霊的世界と接触することができる能力を持つ人とされており、特別な存在のように思われるかも知れません。

しかし、誰もが霊的存在であり、日々の生活の中で霊的世界からインスピレーションを受け取っています。そういった意味では、誰もが霊能者だと思います。

私は、スピリチュアルカウンセラーとして活動をしていますが、霊能者と呼ばれることに違和感を感じますし、霊能者と名乗るつもりもありません。

スピリチュアルカウンセラーとして、霊能者の嘘の言動に騙されないための4つのポイントをお話しさせて頂きます。

霊能者の嘘

「この品を買えば幸せになれます」

これは、霊感商法の代名詞とも言えますが、高額な物を買わせる手口です。

霊感商法とは、悪徳商法の一種で、霊感があるかのように振舞って、先祖の因縁や霊の祟り、悪いカルマがあるなどの話を用いて、高額な値段で商品を売ったり、不当に高額な金銭などを取る商法のことです。

こうした手口に騙される背景には、霊能者の言動に依存してしまうのと、問題を簡単にお金で解決したい怠惰な心があるのではないでしょうか。

「これを持っていたら幸運が舞い込んできますよ」「買わなければ大変なことになりますよ」等と言われ、騙されるケースもあります。

この言葉に騙されてしまうのは、霊的真理をわかっていない証拠です。もしも、霊的真理をわかっているなら、物一つで幸運が舞い込んだりするなど、あり得ないことなので騙されることはありません。

霊的世界の高級霊は、物やお金と言った物質に興味がありません。それゆえ、何かを持つだけで高級霊の恩恵を受けられるということはありません。

一度こうした物を買ってしまうと、カモにされてしまい、手を替え品を替えあなたの財産が狙われることになります。

「あなたの代わりに相手を呪ってあげます」

不倫や略奪愛、出世のためなど、誰かを呪い蹴落とすなど考えてはいけません。

「憎い相手に呪いをかけましょうか?」という誘いを間に受けてはいけません。

もしも、呪いを口にする霊能者と縁ができたのなら、人を蹴落としてでも、自分の願望を叶えようとするあなたの心が、こうした発言をする霊能者と縁をつけたのかもしれません。

人を呪うことは、言語道断な話です。

こうした言動が霊能者の口から出たのなら、絶対におかしいと思ってください。

「あなたの代わりに誰かを呪ってあげます」ということは、呪いをかける霊能者も身を滅ぼす行為であり、因果応報で呪われることになります。

そのため、呪いをかけられる霊能者がいたとしても、それを実行する霊能者はいません。

そして、もしもあなたがこんな依頼をしようものなら、相手に呪いがかからなかったとしても、依頼をしたことがカルマとなりあなたに返ってくるのです。

あなたは、相手に呪いをかけられないどころか、自分で自分に呪いをかけることになるのです。

人を呪わば穴二つです。他人に害を与えれば、必ず自分にかえってくるという意味ですが、人を呪って自分の望みを叶えようとすることは、自分を呪うことになります。

「あなたの代わりに呪ってあげましょうか?」という霊能者の言葉に、そそのかされないよう注意しましょう。

「あなたの病気を治します」

スピリチュアルの視点では、病気の多くは気づきを与えるためです。

例えば、思い癖が原因で起きる病気もそのひとつです。過度にクヨクヨしてしまったり、いつもイライラしてしまったり、ストレスが原因で起きる病気というのは思い癖が原因の病気です。

ストレスが原因で起きる病気は、やはりストレスを過度に感じてしまうことへの警告であり、そうした精神状態を改善していくことが課題となります。

学びのために与えられた課題を無視して「あなたの病気を治します」というのはおかしなことです。

病気を成長のための課題としているのに、本人の改善なしに高級霊が病気を簡単に治すはずがありません。改善なしに病気を治してしまうことは、魂の成長の妨げになるので高級霊の意に反することになります。

また、生活習慣で起きる病気にも同じことが言えます。生活習慣を見直すことが求められいて、生活習慣を見直し、規則正しい生活を送ることが学びになります。

病気は、良き学びのチャンスです。そのチャンスを霊能者に潰す力があったならば、それは霊能者が霊的真理をわかっていないことになります。

もし、霊能者に力を貸しているのが高級霊であれば、高級霊が病気から十分学んだと判断しない限り、霊能者が病気を治してほしいと頼んでも「まだ学びの途中だから治す段階ではない」と言われて却下されるのが自然な流れです。

病気も魂の成長のために必要な経験です。病気をきっかけに魂の成長を求めれているのです。そのため、安易に病気を治す高級霊はいないはずです。

「霊能力であなたの病気を治しましょう」という言葉を聞いたなら、霊能者が霊的真理をわかっていないか、霊能者の人格を疑ったほうが良いかもしれません。

警戒するくらいでちょうど良いのです。

「守護霊をつけてあげましょう」

危険な霊能者の常套句(じょうとうく)として、「あなたには守護霊がいない」「あなたの守護霊は力がない」等と言って不安を煽るのは、低級霊に踊らされている霊能者のお決まりのパターンです。

「守護霊をつけてあげましょう」「守護霊を入れ替えてあげましょう」このようなことは、人間が決められることではありません。

もしも、このようなことを言われた場合は「これはおかしい…」と考え、被害を受ける前に距離を置くべきだと思います。

私は、直接関わったことがありませんが、書籍などによりますと…注意しなければならないのは、低級霊を操る「霊術師」のような霊能者がいることです。

低級霊を操る霊能者は、自身に憑いている低級霊の力を借りて、人に低級霊を憑けることができるそうです。

例えば、人混みに無数の低級霊を放ち、低級霊に憑かれた人の中から、自分のところにお祓いを頼みにくる人との縁をつくる。

憑かれた人の中から、お祓いを受けに来た人は、お祓いを受けると楽になります。しかし、霊能者と縁ができてしまったことで、お祓いを受けた人は霊能者のカモにされ被害者になっていきます。

後日、霊能者は被害者に向けて低級霊を放ちます。霊能者の放った低級霊に憑かれてしまい、またお祓いにやってくるのです。

憑けられていることを知らない被害者は、お祓いをしてもらったら楽になると、何度も何度もお金を持って足を運んでしまうのです。

何も知らない被害者は、霊能者を神様のように思うでしょう。しかし、実際は霊能者が低級霊を操りカモにされているだけです。

おそらく、霊術師はたくさんの人に低級霊を憑け、その中からカモになる人を探すのだと思います。縁ができればお金をむしり取るだけむしり取り、金の切れ目が縁の切れ目です。

「守護霊をつけてあげましょう」「守護霊を入れ替えてあげましょう」このようなことをおしゃる霊能者の中には、霊術師のようなことができる人がいるかもしれません。

こうした霊能者と縁ができてしまうのも、ご自身の波長が関係しています。波長さえ高く保っていれば霊術師の放った低級霊に憑かれることもありません。憑かれることがなければ、縁ができることもないのです。

もしも、危険な霊能者と縁ができてしまったら、気の毒としか言いようがありません。低級霊に憑かれ、本来あなたがすべき課題の取り組みの妨げになっているのですから。

お祓いをしてもらったら楽になる、しばらくするとまた悪くなる、お祓いをしてもらったら楽になる、また悪くなる…それを繰り返しているのは、あなたが憑依体質のせいもあるかもしれませんが、霊術師の仕業かもしれません。

霊能者だから大丈夫と信頼しきるのではなく、危険な霊能者もいるという知識を持っておかれたほうが良いでしょう。

人生の岐路に立たされた時やどうしても解決できない問題がある時など、なんらかのヒントを得たい時に霊能者の言葉を聴くことで新たな発見があるかもしれません。

しかし、霊能者に依存しきって生きるのは良くありません。

「自分の人生を決めるは自分です」

迷いが生じた時に、自分で考え判断しない人が霊能者から良い助言を聴いても活かすことはできません。

そして、霊能者に頼って依存し過ぎてしまう人には、それなりの霊能者との出会いが待っています。

ここが重要!

霊能者に頼って依存し過ぎてしまう人は、相談者を依存させようとする霊能者と出会いやすくなります。

これは波長の法則によるもので、依存する相談者と、依存させたい霊能者が引き合うことで起きる現象です。

依存させようとする霊能者は、相談者のためではなく、自分の利益のために依存させるようなことを言います。

依存させようとすること自体が、霊的真理に反しています。依存してもロクなことはありません。

霊能者の嘘に騙されないための心構え

信じすぎない

事あるごとに、霊能者を頼っているという人も少なくはないようです。

信頼のおける霊能者であれ、頂いた助言はあくまでもヒントとして受け止めなねければなりません。

「自分の人生は自分で決める」という意思のもと、霊能者に視てもらうのは問題ありません。

しかし、「霊能者の助言どおりに生きなければならない」と霊能者の言葉に縛られたり、振り回されたりして自分の人生を生きられなくなる人も少なくはありません。

霊能者に「北の方角に引越しをすれば運気が上がる」と言われ、南に良い物件があったのにも関わらず、自分の中ではイマイチな北の物件を勧められて決めてしまったり、「あなたは改名しなければ不幸になる」と言われて、名前を変更してしまったり…

霊能者の言葉が呪縛となってしまう人は、相談にいくことが不向きかもしれません。相談にいくのなら、自分の人生を決めるのは自分であり、霊能者の助言はあくまでも参考程度と割り切る気持ちがなければなりません。

良い物件が南にあったのなら、霊能者が北の物件が良いと言っても、南の物件にすべきです。

それで運気が上がらなかったとしても、自分で決めたことだからと思えば、納得のいく後悔です。

改名しなければ不幸になると言われたとしても、大切なのは名前ではないという真理をわかっていたら、変える必要もないのです。

霊能者の言葉に依存し過ぎると、自分の人生を見失います。

負の経験も大切だと心得る

何事も失敗をしたくないと慎重になり、失敗をしないためにも霊能者に頼ろうと考えるかもしれません。

しかし、魂の視点から言えば、この世を生きる上で「失敗のない人生はつまらない人生」なのです。

それは、この世で負の経験があるからこそ魂が輝くからです。

この世の時間は、魂にとって負のカルマを清算する時間でもあるのです。

失敗をして自分の未熟さに気づくためにも、負の経験をしなければならないのです。

それを避けたいがために霊能者に頼り、霊能者に頼ることで難を逃れることができても、負のカルマは清算されずに残ります。

一時的に逃れることはできても、いつかは清算する時がきます。

負を回避し続けることは、負のカルマを清算するチャンスを与えられているにも関わらず、必死に逃げていることになります。

どんなに最悪なことが起きても、それは自分の負のカルマを清算するために起きていることです。

負のカルマを清算すれば、次は「正」が来ます。

人生は、良く悪くも自分に必要なことしか起こりません。

霊能者の助言を聴くのがいけないわけではありませんが、何事も限度が大切です。

限度を超えると、自分が本来学ぶべき経験ができなくなり、貴重な成長のチャンスを逃すことになります。

『自分の人生は自分で決める』という意思のもと、たくましく生きましょう。

霊的真理をしっかりと学んでいれば、霊能者の嘘の言動で騙されることはありません。

霊能者に頼り、簡単に問題を解決しようとするのではなく、霊能者から頂く助言はあくまでヒント、問題を解決するのは自分だという主軸がしっかりしていれば騙されることはありません。

どうか健全な心で霊的世界と向き合って頂ければと思います。

霊能者に依存すると不幸になる理由

なんでも願いを叶えてくれる霊能者、どんな憑依も簡単に浄霊できる霊能者、先のことを正確に言い当てる霊能者、霊的真理をそっちのけで現世利益を叶えてくれる霊能者がいたらそれはありがたいことだと思うのかもしれません。

「霊能者とはそういうものだろう」と思われる方も多いと思いますが、なんでもかんでも叶えてくれる霊能者がいたとしたら、それは私達の魂の成長の妨げになります。

冷静に考えて頂ければわかりますが、この世は魂の成長のためにたくさんの喜怒哀楽を味わう世界です。もしも、霊能者に頼りなんでも叶うのなら、この世の意味がありません。

喜と楽だけを味わおうとすること自体許されることではなく、それは神の意思に背いているようなものです。

もしも、なんでも叶えられる霊能者がいたのなら、それは私達の進化を妨げる「悪」になります。

しかし、時として高次の存在が霊能者と縁をつけることがあります。憑依が重荷になりすぎていたり、そろそろ憑依から解放される時期であったり、霊能者に頼っても意味がないと知らせるためだったり、見えない世界があることを知らせるためだったり、時と場合により理由は様々ですが、高次の存在が縁をつけることがあります。

霊能者と何かしらの縁ができ、何かしらの関わりができるのは、良くも悪くも何かしらの気づきを与えられている事になります。

そして、霊能者は現世利益を簡単にもたらすことを目的とするのではなく、霊界の道具であることを自覚して真理を伝えていくことも仕事です。

霊界の力や私達の運命をコントロールする力は計り知れないものがありますが、霊能者は肉体を持った人間です。霊能者であれ霊界の真理など、ほぼわからないといってもよいと思います。

それほど奥が深いものですが、霊能者は願いを叶えてくれる存在という解釈では、後々気づきを与えられることになります。

霊能者に依存する危険性について
霊能者のチカラを借りて奇跡のようなありがたい経験をされた方もいらっしゃると思います。

時として、奇跡が起きたかのように力を貸してくれることもあります。

当然、助けるべきところで助けてくれたわけですが…

一度でもこのような体験をしてしまうと、人はその力に頼るようになり、霊界に依存してしまうのです。

ここぞという時は助けてくれるものでも、失敗したくないからと事あるごとに「右ですか?左ですか?」「どうしたらいいですか?」と答えを知りたがるようになるとどうなるのでしょうか。

例えば、何かある事に霊能者に相談して答えを求めていたとします。

一回、二回、三回と霊能者に答えを聞いたおかげで、これまで順調に駒を進めることができました。

これからも霊能者に聞いて判断しておけば失敗はないと思っていたら、四回目に聞いた答えを実行して失敗…。

残念に思いながら「そんなこともあるさ〜」と思い、五回目に聞いた答えを実行したらまた失敗…。

このようなことは、当然起こりうることです。

何が当然か?

霊能者に依存したり、神仏に依存し過ぎると、その人の人生をコントロールすることになります。それではこの世の修行になりません。

霊界の力でこの世を切り抜けようとする気持ちが根付くと、高次の存在は自分で考えなさいと言わんばかりに答えを教えてくれなくなります。

霊能者に正解を伝えないようになるのです。

正解を伝えることでその方が依存してしまっては、その方の成長の妨げになるからです。

実際に起こることなのですが、霊能者の指示通りに動いて順調だった人が、ここぞと言うところでコケてしまうことがあります。

それは依存し過ぎたことで、気づきを与えられています。「頼ってばかりいないで、自分の人生は自分の力で切り開きなさい」と高次の存在が突き放しているのです。

当の本人は思うでしょう。言う通りにしたのに失敗したのは「あの霊能者には低級霊が憑いているからだ」「高級霊が憑いてるなら失敗するはずがない」と。しかし、そうではありません。

むしろ、低級霊のほうがなんでも叶えてくれます。それは魂の成長の妨げになる低級霊の「悪巧み」で、魂的にはそのほうが災難です。

霊能者に頼り、初めは上手くいくかもしれませんが、頼り過ぎだと高級霊が判断したら、頼っても上手くいかないという事にもなりかねません。

何事も依存というのは、あまり良い結果を生まなくなります。

霊能者に聞けば上手くいくと味を占めてはいけません。できるだけ自分の意思で、人生の駒を進めていくようにしましょう。

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