【見て見ぬふりをする6つの心理】困っている人を助けないのは罪になるのか?

見て見ぬふり

困っている人を見て、見て見ぬふりをしてしまうのはなぜでしょう?

誰かが困っていたら助けてあげたいと思う親切心を持っているにも関わらず、見て見ぬふりをしたことのある人は多いのではないでしょうか。

私も、悪いとは思いながらも、何らかの理由で見て見ぬふりをしてしまうことがあります。

この記事では、見て見ぬふりをしてしまう心理と、見て見ぬふりをするのは罪になるのか?という部分に焦点を当てていきたいと思います。

見て見ぬふりをする6つの心理

それではまず初めに、イケないとは思いながらも見て見ぬふりをしてしまったシチュエーションと、その時の心理をいくつかご紹介致します。

自分の都合を優先する心理

出勤途中や時間に余裕がない時など、助けてあげたいのはやまやまでも見て見ぬふりをしてしまいます。

事情があって見て見ぬふりをしてしまう人が一番多いようです。


[40代女性]

通勤途中の交差点近くで、メモを片手にウロウロしているお年寄りを発見。

明らかに道に迷ってるのだと思いましたが、出勤時間ギリギリで急いでいたため声をかけられませんでした。

道を尋ねられた場合でも、通勤途上ではどうしても簡単にしか説明できません。

冷たいとは思いますが、遅刻するのは困ります。

「道を聞かれたので詳しく教えていたから遅刻しました」なんて言い訳誰も信じてくれないだろうと思うので、申し訳ないと思いつつ、見て見ぬふりをしてしまいます。


[30代男性]

朝、車で会社に向かう途中の出来事です。

その日は雪が降った次の日で、路面が雪で凍っていました。

会社に向かう途中にある急な坂道で、スタックしいる車を発見しました。

どうやらノーマルタイヤで雪道を登ろうとしていたようでした。

その時の私は出勤時間が迫ってい為、スタックしている車を助けずに見て見ぬふりをし、急いで引き返し違うルートで会社に向かってしまいました。

会社に遅れる事に恐怖心を抱いてしまい、人助けをする心の余裕がなく困っている人を見捨ててしまいました。


[30代女性]

上司がパソコン入力で困っている様子でした。

どうやら、文字の変換が上手くできないようで何度もキーボードを押す音だけが鳴り響きました。

しまいには押す音でイライラしているのが伝わってきました。

本来なら、どうしたのかと声をかけるべきだったのですが、自分の仕事が溜まっていたので知らぬ顔をしてしまいました。


[30代女性]

雪の降る地域なんですが、除雪ができてなかったりでタイヤが埋まってしまって動けなくなってしまうことがあります。

先日たまたま動けなくなった車に遭遇したんですが、そのまま見て見ぬふりをして通りすぎてしまいました。

一人だけ車を降りて手伝っている方がいたんですが、私は車に子供を3人のせていたので申し訳ないですが、子供を放置してまで協力はできませんでした。

面倒に巻き込まれたくない心理

[30代男性]

私は今でも後悔していることがあります。

私は都内に暮らす30代サラリーマンです、通勤にはいつも電車を使っていす、私の後悔していることは、通勤電車の中で起こりました。

ある日仕事から帰宅している時に、電車の中でお酒を飲んで周りの人達に大きな声をかけて迷惑をかけている人がいました。

とても皆迷惑そうにしていたのですが、関わると面倒なので、私は見て見ぬふりをしてしまいました。


こうしたシチュエーションに出くわすことは、あまりないかもしれませんが、一度や二度は迷惑行為をしてる人を見たことがあるのではないでしょうか。

注意してからまれると面倒だから、極力目を合わせないように見て見ぬふりをしてしまいますね。

こうした人に、一言バシッと言える人はかっこいいですが、なかなかそうもできません。

迷惑行為をしている人に、当たり前のように注意できる世の中になるといいですね。

誰かがやるだろうという心理

[40代女性]

気分が悪そうに座り込んでいる人を見つけたのですが、人混みの中だったため、だれかが代わりに助けてくれるのではないだろうかという思いがあり、見て見ぬふりをしてしまいました。

また、仕事で急いでいたので、自分のすべき事を優先してしまったというのもあります。


誰かが助けるだろうという心理が働き、見て見ぬふりをすることは大いにあります。

あるテレビ番組で、こんな実験が行われました。

都内の人通りが多い歩道で、体調が悪い人を演じて一時間座り込みました。

何百人もの人が座り込んでいる人を見ているにも関わらず、誰一人声をかけませんでした。

これだけたくさんの人がいるのだから、自分が助けなくても誰かが助けるだろうという心理が働いています。

一方、人通りの少ない田舎道で同じ実験をしたところ、一人目は見て見ぬふりをして通り過ぎたものの、二人目で声をかけました。

この実験の結果、誰かが助けるだろうという心理が、見て見ぬふりをする原因になっているのは言うまでもありません。

助けたい相手ではないという心理

[30代女性]

職場の後輩が、沢山の作業をしなければならなくて困っているようでした。

これまで何度も後輩の仕事を手伝いましたが、まったくお礼を言わない後輩でした。

また、周りが困っていても全く助けることもありませんでした。

だから、後輩が困っていても助ける気になれずに、見て見ぬふりをしました。


助けたい相手ではないから見て見ぬふりをする。人間ですのでわからないでもないです。

日頃の行いは大切です。もしもこの後輩が日頃から感謝の言葉を使っていたら、こんな言われかたはしませんよね。

たとえ夫婦や親子であっても、良好な人間関係を保つには、感謝の言葉は必須と言えます。

「ありがとう」を意識して使いましょう。

拒否られるのではないかという心理

[30代男性]

私は、街中でお年寄りが重い荷物を持って階段を上るのに苦労していたり、横断歩道を渡るのに苦労しているのを見かけても、見て見ぬふりをしてしまうことが多いです。

お年寄りの人に「私はそんなに年寄りじゃない!」と言われるのではないかと心理が働いてしまいます。


親切で声をかけたのに怒られたら、とても悲しいですよね。

ただ、こればかりは声をかけてみるまではわかりません。

稀に怒られるケースもあると思いますが、感謝されるケースのほうが多いのではないでしょうか。

親切で怒られたとしても、正しいことをしているので気にする必要はありません。

また、困っている人を見たら、声をかけてあげてほしいと思います。

人目が気になり見て見ぬ振りする心理

[50代女性]

ある大病院にて、採血箇所は10か所以上あるというのに、検査室は満杯の状態でした。

そこへ60代後半の盲目の女性がやって来ました。

看護師に「目が見えないので。採血はどこへ行けばよいのですか。」と尋ねていました。
「ここでお待ちください」とだけ言って、看護師は行ってしまいました。

しばらくして盲目の女性は立ちあがり、歩き出そうとしました。

そして「採血はどこに行けばいいの?」と大きな声を出していました。

声を聞いた看護師がやって来て「ここで待っていれば、順番が来たら呼びますので」と説明していますが、盲目の女性には伝わっていないようでした。

私はそばへ行き、丁寧に説明してあげたいと思いました。

けれども、100人以上もいる場所で人に親切にするには相当な勇気が必要でした。

声をかけに行こうとして腰を浮かしたりはしていたのですが、行く勇気が持てずに見て見ぬふりをしてしまいました。


私も人前に出るのが苦手なので、この気持ちよく分かります。

大勢が見ている前で行動に移すと注目の的なる。

考えるだけで足がすくみますが、あと一歩の勇気が持てたら本当に素晴らしいことだと思います。

それができる人は、本当にかっこいいですし尊敬します。

いつか、似たような状況に出くわしたら、勇気をだしてサポートしたいと思います。

見て見ぬふりは罪になるのか?

ここからは、見て見ぬふりは罪になるのか?ということを、スピリチュアルの視点からお話しさせて頂こうと思います。

一般常識で考えれば、見て見ぬふりは罪を犯しているわけではないので罪には問われませんが、スピリチュアル的には違います。

見て見ぬふりも罪のひとつとして記録されます。

このことについて詳しく説明させていただきます。

たとえば、いじめを見て見ぬふりするのは、どうなのでしょう。

一般的な意見として、いじめを見て見ぬふりするのは、いじめているのと同じで同罪との意見もありますし、見て見ぬふりがいじめと同罪ななんて納得がいかないという意見もあります。

いじめを見て見ぬふりするのは罪?

見て見ぬふりをしている人は、自分がいじめをターゲットにならなくて済んだと安心します。

また、直接手を下していないから罪の意識が薄くなります。

しかし「見て見ぬふりは罪である」と、スピリチュアルでは言われています。

因果応報を当てはめて頂ければわかりますが、見て見ぬふりをした行為は、因果応報で返ってきます。

自分が同じように困っていた時、誰も助けてくれないといった状況になります。

ですから、スピリチュアルでは見て見ぬふりは罪とされます。

いじめを強要されたら自分に嘘をつくのをやめる

いじめの首謀者は人にいじめを強要してきます。

本当はいじめたくない、やめさせたいと思っていても、やらなきゃ自分がターゲットされてしまうからといって、渋々いじめる人もいると思います。

しかしそれは、いじめているほうも苦痛でなりません。

ターゲットからはずされたのは良いですが、いじめたくないのにいじめるのは、自分に嘘をついているから苦痛になります。

いくらいじめの首謀者が怖いからと言っても、いじめを強要されておこなえば、いじめているのと同じです。

もしも、そんなグループに属しているなら、一刻も早く抜け出しましょう。

たとえやらされたとしても、やった事実は消せません。

見て見ぬふりも因果応報で返ってくるので、よい行いを心がけましょう。

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