霊能力開発は危険と言わざるを得ない経験談

以前私は、霊能力で人生を切り開こうと考え、霊能力開発をした結果、霊能力開発の危険に直面したことがあります。

安易な霊能力開発は低級霊に思考を乗っ取られ、操られる危険性があります。

私の身に何があったのか?

この記事では、霊能力開発が如何に危険かということをお話しさせて頂きます。

霊能力開発は危険と言わざるを得ない経験談

何年も前に空前のスピリチュアルブームがあったのをご存知でしょうか?

2005年〜2009年、当時はまさにスピリチュアルブームでした。

その当時、スピリチュアルな掲示板サイトがありました。そこにはコミュニティーの場があってスピリチュアルに興味を持たれた一般の方やプロの方などと幅広く交流することができました。

ちょうどその頃、私は人生のなかで一番辛い時期だったので、すがる思いでそのサイトを利用するようになりました。

スピリチュアルに興味をもっている人達の集まりですので、霊感が強い方や霊視ができると自負する方もおられました。

掲示板を利用者していると、仲良しグループが生まれ交流が始まります。

そんな中、新たなグループが誕生しました。

神様と繋がりましょう的な活動をするグループです。

私はすがる思いでそのグループの一員になりました。

主催してるのは「私は神様と交信できる」と名乗る方で、私達はその方を信じてあることをしていきます。

主催者によると、霊能力開発をすると神様と繋がり、ひょんなことで100万円が手に入ったとか、奇跡のようなことが起きるというのです。

私達は主催者を信じ、あることを実践していくなかで、驚くべき体験していくのでした。

霊能力開発の危険な行為

神様と繋がり奇跡を起こそうということで、各々あることをします。

そのあることとは「お経を繰り返す」こと。

毎日最低10分以上を続けるというものでした。

サイトの掲示板で出会った人たちとのやりとりですので、お互い顔もわかりませんが、霊能力にすがる想いはみな同じです。

お経は誰でも一度は聞いたことがあるだろうメジャーなものをひたすら繰り返します。

お経を唱えることは悪いことではありませんが、当時の私達のようにすがる想いで唱えるのはよくありません。

神様が奇跡を起こして救ってくれることを願い、毎日10分以上お経を唱えることを繰り返しおりました。

これから起こった怪奇現象がどのようなものか説明させて頂きますが、その前に誤解の無いように申し上げておきます。お経を唱えたからこのような現象を引き寄せたのではなく、霊能力開発という間違えた動機でお経を唱える気持ちが怪奇現象を引き寄せました。お経を唱えることを否定している訳ではありませんので、誤解のないようお願い致します。

ラップ音

お経を唱えていたある日を境に、部屋のあちこちが「パキッ!パキッ!」と鳴るようになりました。

湿度の変化などの原因で木材がきしんだり、家電品がきしんだりして「パキッ!パキッ!」と鳴ることは物理的にわかります。

しかしこのラップ音は何もない空間から「パキッ!パキッ!」と鳴るのです。

このラップ音は、取り組みに参加した全員が経験した現象で、危険な霊能力開発の第一歩だったと思います。

怖いっ!という気持ちはありましたが、霊能力が開花している証拠だと考えましたので、ラップ音が鳴ることをみんなで喜び合っておりました。

そして次第にラップ音だけではなく、背後に人の気配を感じるようになってきます。

振り返っても何も見えませんが、後ろに誰か居るのは間違いない!くらい確かな気配を感じるようになります。

これらの現象も掲示板で報告し合っていました。グループの主催者(言わば教祖様に当たる人)が背中が温かくなる現象について説明してくれました。

背中が温かくなるのは「背後に守護霊が来て一緒にお経を唱えているから」とおっしゃいました。

この話を鵜呑みにした私は俄然やる気を出したのです。

そして次の現象、次の現象へと導かれていくのでした…

体が勝手に動く

次に起きたのは体が勝手に動く現象です。

どのように体が動くのか説明させて頂きます。

坐禅を組んで合掌してお経を繰り返していると自分の意思とは関係なく両脇が開いてきます。

両脇が開いてくると合掌していた手もゆっくりと離れていきます。

合掌していた手が完全に離れたら、今度は両腕を横に伸ばす動きをしたり縦に伸ばす動きをします。

自分の意思とは関係なく何かにひっぱられてる感覚がありゆっくりと腕が動きます。

次にソフトボールのピッチャーのように肩がグルグル回り出します。

最後は勝手にいとまきをはじめます。

いとまき?

いとまきのうたがありますけど、あれと同じ動きをします。

この一連の動きが終わると合掌の形に戻っていきます。

私は真夜中にお経を上げ、この動作を繰り返していました…危険です。

視えるようになる

ここからが本番というか、現象を引き起こしてるであろうものが視えたのです。

それが神か否か、当時は神様だと思っておりましたが、神様ではありません。

この目で神様を視たいと願いお経を上げていたある日、ついに見えたのです。

お経を唱えておりますと、目の前を右往左往する浮遊物が視えるようになりました。

空間が歪んで視えるのですが、半透明の大蛇が右往左往しているのがわかります。

私はこれを巳神だと思ったのです。

それからというもの、お経を唱えると大蛇のような浮遊物が視えるようになりました。

ここまで来ると霊能力開発の危険性もかなり高まっています。

そんなある日のこと、事態は急変します。

思考を乗っ取られる

私と同じようにお経を唱えていた方が、ある日突然掲示板でおかしな事を連発するようになりましまた。その内容は正気の沙汰とは思えません。

突然「我こそ神だ!」と言い出し、誰が読んでもおかしな文章が連続投稿されるようになりました。

掲示板を見ていた人達から批判の声が殺到し炎上しました。

これにより主催者は罵倒を受け掲示板から居なくなり、おかしくなった人はあちこちに意味不明なカキコミをし続けた後に居なくなりました…

おかしくなった人は精神病とされ普通の生活ができなくなっているでしょう…

お互い顔も名前も知らない人達ですので手の施しようがありませんでした。その方がその後どうなったかわかりません…

私達は悪影響をうけてしまった人を目の当たりにして自然と解散となりました。

私が見たものは蛇神様ではなく、動物霊の類だったと思います。

これにより安易な霊能力開発が如何に危険かを知りました。動物霊が神に成り代わり私達を支配しようとしていたのだと思います。

自分を本当に救えるのは霊能力ではなく現実を生きる自分です。このことを忘れた霊能力開発は危険なことなので、霊能力に興味を持たれている方は気をつけて頂ければ幸いです。

霊能力開発について

「私も霊が視えるようになりたい」「私にも霊能力がほしい」このように考えておられる方もいらっしゃるでしょう。

霊能力は生まれ持ったものや、途中から芽生えることもありますが、あなたの学びに必要であれば与えられますし、必要なければ与えられません。無理に霊能力を得る必要はどこにもないのです。

霊能力を手にして良い時期があったとしても、自身の能力に翻弄され堕落していくデメリットのほうが大きいのも霊能力です。そう思うと危険な霊能力など、ないほうが良いのではないでょうか。

人生を狂わせてしまう可能性が高い霊能力なのに、素晴らしい能力のように感じ、霊能力開発や霊能者に踊らされることはよくある話です。

安易に行われる霊能力開発に参加したり、教祖様と称えられるような霊能者と関わりを持つことは、危険だと言わざるを得ません。

冷静に考えればわかることでも、その世界に引き込まれてしまうとこれまでの常識が覆され、正しい判断ができなくなります。

霊能力開発に必要なのは、正しい霊的知識です。正しい知識がないまま霊能力を手に入れたとしても、その力はマイナスにしか働きません。

「霊能力がある人が人格が高い」と思っている方がおられるかもしれませんが、それも違います。霊能力と人格は比例していません。人格の低いまま霊能力を持つと、いつかそれに喰われます。

「奇跡」を期待し、霊能力に興味を持たれる方がおられますが、かつての私がそれで危険な目にあったのと同じように、奇跡を期待した霊能力開発は足元をすくわれる原因にしかなりません。

霊の力にすがり、人生を切り抜けようとする行為は人生を無意味にするだけではなく、身を滅ぼし、魂を滅ぼしてしまう大変危険な行為です。

安易な霊能開発で手に入れた低級霊の力を「神が宿った!」と称賛し、その力で現世利益を得たとしても、その先に待っているのは人生の転落者です。

「しょうこう〜しょうこう〜」若い方はご存知ないかもしれませんが、私の記憶に強烈なインパクトを残してくれた殺人教団がありました。あの教団のようにニュースで取り上げられるのは、ほんの氷山の一角にすぎません。世間には明るみに出ない、危険な霊能力開発が潜んでいると思います。

霊能力により人生の転落者となれば、本来学ぶべきことも学ばずに寿命がきてしまいます。亡くなってから気づいても、時すでに遅しで取り返しがつきません。

限りある時間と寿命を無駄にしないように、地に足をつけて現実を見ながら生きることが望ましいのではないでしょうか。