因果応報の実話【愛車がキズつけられた実話と自業自得な親方の話】

因果応報の実話

この記事では、愛車がキズつけられた因果応報の実話と、人をバカにしている職場の親方に起きた因果応報の実話をご紹介
致します。

この記事を読むと、因果応報は何年もしてから返ってくることや、人をバカにしているといつかバカにされる時がくることがわかります。

愛車がキズつけられた因果応報の実話

実は、私の愛車に身に覚えのないキズがあるのです。

どうしてキズが付いているのか?

誰がこのキズをつけたのか?

私は、犯人を知っています。

この車は、20台ほど駐車できる月極め駐車場に止めています。以前は別の駐車場に止めておりましたが、その時にこのキズはありませんでした。

今の駐車場に止めるようになってから一年が過ぎました。以前からキズが増えている事に気づいておりましたが、この一年でずいぶんと目立つようになりました。

実は、このキズをつけている犯人は、隣に駐車している60代半のおじ様です。隣のおじ様が、車を乗り降りする時に、私の車にドアをガンガン当てているようです。

おじ様の車のドアに私の車の塗料が付いているので、キズの正体は隣のおじ様が付けたキズで間違いありません。

おじ様の車は古い車ので、自分の車にキズが付く事に抵抗がないのでしょう。

問題は、キズを付けられた事に対してどうするか?です。

犯人がわかっている以上、弁償してもらうべきですよね?

言い逃れができないように決定的な証拠を掴むなら、カメラを設置すれば一目瞭然でしょう。

昔の私なら、隠しカメラを設置して、言い逃れができない決定的な証拠を掴んで「弁償させる!」と意気込んでいたでしょう。

そんな考え方をしていた私の周りには、言いがかりをつけるのが上手な人が必ず居たものです。ですが、最近の私の周りに、そういった方はいません。私が意識して改心した事で、次第にそういった方々と縁が切れていきました。

私は、車に付けられたキズを見て思い出した事があります。これは、因果応報によるキズで間違いありません。

若かった頃の話ですが、ある日40℃の高熱があるにもかかわらず、病院に行くために車を運転した事がありました。

意識がもうろうとしていた私は車幅を読み誤り、見ず知らずの方が止めている車に「ガリッ」と擦った事があります。

本来ならば弁償するのが当たり前ですが、病院に行く事を優先した私はそのまま車を走らせました。

擦られた方は、身に覚えのないキズが付いている愛車を見て憤りを覚えたと思います。ですが、気づいた時には後の祭りです。犯人である私は、その場に居ないのですから…

私は、自分の車に付けられたキズを見て、その時の事を思い出しました。本当に申し訳ない事をしたと深く反省しております。

このキズは、その時の因果応報でできたキズ。因果応報が、十数年経って返ってきたのです。

過去に恥ずかしい事をしている私は、隣のおじ様に何も言える立場ではありません。基はと言えば、私が同じことを過去にしている自業自得の話です。

弁償してもらえば、私はまた負の因果を背負うことになります。仏の心を持つ事で、必ず良い事が返ってくると確信している私は、目先の弁償代など貰っても嬉しくありません。

おじ様を許せば、負のカルマを背負わずに良い種を蒔く事になるので、自分の幸せとしていつの日か返ってきます。

私は車にキズを付けられた事で、あの時のカルマを解消でき、むしろ良かったと思います。ようやく悪い芽を刈り取る事ができました。

それにしても、隣のおじ様は何回も私の車にドアを擦り付けていますが「当ててごめん!」という意識がないのでしょうね。

それだけ隣のおじ様が、横柄だという事です。

しかし、なぜこんな横柄なおじ様の隣に駐車場を借りてしまったのでしょう?

何度もドアをぶつけて知らん顔しているおじ様は確かに悪いですが、そんなおじ様の横に駐車場を借りた私にも因果関係があります。

この様なおじ様の隣に止める事になったのは、駐車場を借りた当時の私の波長が低かったことが原因です。

人は相手ばかりを責めがちですが、自身に降りかかる火の粉は全て「人の振り見て我が振り直せ」です。本当に見直すべきなのは自分なのです。

自分の心を見直す為に因果応報があり、こうしたご縁ができるのです。悪縁ができる時は、必ず自分に原因があります。

私が駐車場を借りた当時の低い波長と、おじさまの低い波長が引き合ってできた縁です。波長という原因があり、縁ができた因果応報なのです。

「悪い心が悪縁を呼ぶ」これも因果応報です。ずっと良い心がけをしていれば、良い人しか引き寄せません。因果応報の力が常に働いていることを理解すれば、悪縁を減らす事ができます。

何事も因果応報と思えば、悪い行いを一つでも減らし、良い行いを一つでも増やす事ができます。

一日一善、良い種を蒔いて、良い意味での因果応報を受けましょう。

人をバカにする人への因果応報

それではもうひとつ「人をバカにする人への因果応報」について。

「人をバカにしやがって!」と思ったことありますか?

私が働いていた工務店は、少数で親方と共に行動するのですが、その人は若い頃から親方だったので使われる人の気持ちがわからないというか、見下げてものを言われる側の気持ちがわかりません…

この道一筋50年、と自分の能力を高く評価し、高いプライドを持って仕事をされています。

それはいいことですが…

なんでそんなに見下げてるの?
心からバカにしてますよね?
と感じることが多々あります。

自分が優れてると思ってるので、人の失敗は「なぜそんなにバカなんだ?」と思ってるのが分かります。

しかし親方であれ、人をバカにすると因果応報で親方に返ります。

それを物語るかのような出来事があったのでお話致します。

職場は、工務店と電気工事屋の二足のわらじを履いております。もともと電気工事がメインだった為、現在も家電問屋から工事の依頼を受けております。

当時、テレビパソコンの設置ということでお客様の所に行きました。設置は親方が得意ですのでスムーズに終わりましたが、苦手なのは初期設定です。

リモコンと画面と睨めっこしてる親方、手間取っています。私は横で見ていて、どうすればいいか分かっていましたが、テレビを設置してる内にお客様の人間性がわかり、手間取る親方にお客様がどのような反応をするのか、その後の展開が予想できたので手助けをしませんでした。

予想どおりイライラし始め、しびれを切らしたお客様が言いました。

「これをこうして、こうしたらええんちゃうんかっ!」

「設定料払ってこれかよっ!」

こんな簡単なこともできんのか!電気屋のくせに!と息を荒げます。

お客様は、リモコンを取り上げあっと言う間に初期設定してしまい、親方の面目は丸つぶれです。

その後、怒っているお客様にお詫びしてその場を離れました。

私の目の前で大恥をかかされたことにプライドが傷ついたのか、帰りの車の中でずっと言い訳をしておりました。

しかし、同情する余地はありません。お客様が親方にしたことは、いつも親方が私にしている行為です。日頃の行いが返ってきたのだと思いました。

ことから言いたいことをまとめますと、「バカにされても仕返ししようと考えることはありません」。

あなたが手を下すことで、いつかあなたに返ってきます。あなたが手を下さなくても、バカにした人にはいづれ因果応報で返ってきます。

それがこの世の法則です。そのことを知らずに仕返しをすると、堂々巡りでいつまで経ってもやってやられてを繰り返します。

日頃の行いは返ってきます。今後の人生を明るくしたいなら「自分がされて嫌なことは人にしない」シンプルにこれで良いのではないでしょうか。

この話の私のように、お客様がしびれを切らして怒ることが予想できたのに、黙っていた私にも因果応報が返ります。

このような意地悪は、マイナスにしかなりませんのでやってはいけないことです。

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